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2011年4月

2011年4月30日 (土)

ツバメの宿

 我が家のツバメの巣にツバメが来ていました。津波で家が流された巣のツバメはどこに行くのかと思いました。山元町の境界に建つ看板にはツバメが書かれています。

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2011年4月29日 (金)

水の中にも

 今日は休みなので朝の散歩コースを少し変えてみると水溜りに蛙の卵を見つけることが出来ました。29日は枝野の住吉神社の春祭りです。今度の地震こともあり旗も揚げず神輿もこないお祭りになりました。たぶん始めてのことだと思います。神主さんが各地区を回りました。写真の花は黄色のかたくりです。舘島田の直売所で買ったもので初めて見ました。

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2011年4月28日 (木)

放射線量測定

 角田市の放射線量は0.2μsv前後で推移しています。測定は東北電力のモニタリングカーが毎日測定をしています。仙台を出て山元、丸森、角田、亘理と回っているようです。先日市役所の駐車場にモニタリングカーが来ていたので話を聞くことができました。現在は新たに大気中に放出されていないので以前放出された放射生物質が地上に落ちたものから放射されているとのことです。そのため、地上に近くなるほど高くなる傾向があるようです。写真の左側の丸い筒のようなものが測定する部分です。原理は、筒の中を放射線が通過すると中の物質が発光しその量を測定するとのことです。測定の結果は宮城県のHPに掲載されています。

http://www.pref.miyagi.jp/gentai/Press/PressH230315-3(sokutei).html

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2011年4月27日 (水)

宮城県沖地震は起きていた

 東日本大震災のときに宮城県沖地震は起きていたのかどうかについては否定的な意見が多かったのですが、地震予知連絡会が26日に今回の地震が南北500km、東西200kmの断層がずれたときに宮城県沖の想定震源域も含まれているとの見解を示しました。地震予知連は動いたとしたことにより政府の地震調査会がどのように判断するかが注目されています。ただし、4月7日の夜の地震は宮城県沖の地震とは別です。今回の地震の震源域の図をご覧ください。また、別の写真は市役所の敷地の一角にある地震計が納まっているケースです。管理は防災科学研究所が所管しています。

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2011年4月26日 (火)

もしドラ

 ドラッカーのマネジメントの本が話題になっています。まんがと図解でわかるドカッカーやもし高校野球の女子マネージャーがドカッカーの「マネジメント」を読んだらの本もベストセラーになりました。このもしドラがアニメ化されてNHKで午後10時55分から放映されています。偶然昨日から見ました。毎日あるようです。今日も見てからこの記事を書いています。時間がある方はご覧になってください。NHKのHPは次のとおりです。

http://www9.nhk.or.jp/anime/moshidora/

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2011年4月25日 (月)

アスペリティー・電波の異常伝播

 宮城県沖地震も含めこれまでのプレート境界型は地震の震源となる場所がすべるために起こるものとされていました。しかし、その説明では今回のM9の地震の説明がつかないようです。M9になるには、想定される宮城県沖地震のアスペリティーが20から30が必要らしいのです。そのため、宮城県沖地震と比べ物にならない未知の巨大なアスペリティーの存在があるのか、または、そもそも別なメカニズムなのか研究者でもなぞになっているようです。また、今回の東日本大震災の前に電離層の異常が確認されていたとの記事がありました。これまでも一部のアマチュア無線家の中では電離層の異常に伴う異常伝播は話題になっていましたが、全国紙で取り上げられるのはきわめてまれです。私が地震の前兆現象と異常伝播の関係を知ったのは10年以上前なのですが、そのグループは当初HPで情報を提供していたのですが、観測機器の維持のために資金が必要であるために会員以外には提供しなくなりました。いずれにせよ今回の地震に関しては予知グループが静なのが気になります。週末は地震で崩れた棚をばらし、新しいのを組み直し片付けをしていたので適当な写真はありません。

2011年4月23日 (土)

台山公園で遊ぼう会

 東日本大震災により今年の春のイベントが中止になっています。角田市でも宇宙っ子まつり、菜の花まつりが中止になりましたが、子供たちの楽しみを作ろうと有志でささやかなイベントをすることになりました。私たちのグループのペットボトルロケツトの打ち上げもすることになりましたので遊びに来ていたたげればと思います。詳細は角田市観光物産協会のHPをご覧ください。  http://www.kakuda-kankoubussan.jp/index2.htm

2011年4月22日 (金)

平年値が新しくなります

 平年値は、その時々の気象(気温、降水量、日照時間)や天候(冷夏、暖冬、少雨、多雨等)を評価する基準として利用されると共に、その地点の気候を表す値として用いられます。西暦年の1の位が1の年から続く30年間の平均値をもつて平年値とし、10年ごとに更新されます。現在は1971~2000年の観測値による平年値を利用していますが、今年は平年値を更新する年にあたり、1981~2010年の観測値による新しい平年値に切り替えられます。気象庁では平成23年5月18日から使用を始めます。平均気温は現平年値よりも高くなる季節・地域が多く、北日本ではプラス0.2℃高くなるようです。要因としては地球温暖化が考えられます。また、さくらの開花は1~3日早くなるようです。写真は内町湖の桜です。

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2011年4月21日 (木)

堤防復旧へ

 地震により崩壊した堤防の復旧が急ピッチ進んでいます。鉄の矢板をさして仮堤防を作るようです。朝早くから夕方まで作業をしています。矢板を運ぶ大型トレーラーは早朝に我が家の脇の堤防を通ります。昨日も朝の散歩の時にトレーラーが15台も走っていきました。ナンバーはいろんな所の他県ナンバーの車です。もう一枚の写真はおまけです。先日の散った桜の水溜まりが小さくなり、だるまのようになり桜の花びらのだるまのようです。

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2011年4月20日 (水)

角田で買えた CQ ham radio

 開局以来欠かさず買っていたCQ誌ですが、先月号は無理だろうと思い関東にいる弟から買ってもらいました。本屋では地震以来雑誌が入ってこなかったのですが、19日の発売日に5月号が買えてほっとしています。昨日の朝はDXクラスターにバミューダが21MのCWでアップされていたのでコールしたところQSO出来ました。21Mでこの辺が聞こえますのでコンディションも良いようです。この局はHPもありバミューダからの大圏世界地図を載せてあり、地図では日本は340度方向です。 昨日の夕方の雪で丸森と相馬の境の山が白くなっていました。相馬のアメダスの気温の変化を見ると丸森の気温が上がり始めたころから気温が下がり始めました。冷気が北北西の風に乗り移動したようです。写真は手倉山で白く見えるのは丸森の町営牧場です。

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2011年4月19日 (火)

桜散らしの雨

 今日はしばらくぶりのまとまった雨になりました。風もあり開花の早い桜では花が散り始めました。水溜りのふちには花びらがまとまっていました。夕方には一時雪となり寒い一日となり明日の朝が気になりましたがその後は気温が上がり雨になりました。夕方は、ちょうど山元町に向かっていた時でした。角田では雪でトンネルを出ると雨でした。帰りは逆でトンネルを境に雨と雪でした。夕方の雪になったときは気温が丸森のアメダスでは0.4℃まで下がりましたが、その後は上がり午後11時では2.7度まで上がっています。夕方の気温の変化は、5時で4度、6時で0.5度、7時で0.5度、7時が2度です。アメダスの4時間のデータを見ると蔵王の東にあった冷気が北北西の風に乗り角田盆地に来たようです。昨年の4月17日も雪で桜の花に雪が積もりました。

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2011年4月18日 (月)

放射線量が下がらない

 今回の地震について単純なメカニズムではなく、想定外のメカニズムではないかとの記事があります。今後の余震、誘発地震では今回の震源域の東で太平洋プレートでの地震の発生です。発生するとM8とも言われています。4月7日の地震も太平洋プレート内の地震でした。余震とともに原発の事故に伴う放射線量が気になります。この辺の過去の平均値は仙台や福島から判断すると0.03μsvくらいと思われます。角田での4月18日の測定結果は0.27μsvで過去の平均値と一桁違います。この数値は角田で測定を開始した4月5日後大きく変化していません。角田の数値は今問題にする値ではありませんがなかなか下がりません。福島県の飯館村が大変ですがちょうど事故の後の風の向きと雨によりこのようになったようでその影響はその延長線上の福島市まであります。ちなみに18日の飯館村は北西に約40kmで4.73μsv、福島市は原発から北西に61kmの距離で1.80μsv、南相馬市は北に24kmですが0.55μsvです。

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2011年4月17日 (日)

満開の桜

 週末は災害復旧の割り当ても無く大河原の桜を見てきました。無線の仲間8人(角田、丸森、蔵王、岩沼、大河原)で急に決まったものです。朝6時30分に大河原の河川敷駐車場に集合し、桜の下を1時間30分ほどでゆっくりと歩きました。途中で桜餅とコーヒーを飲みながら・・・ 早く行ったつもりですがカメラを持った人、二人連れ、犬と散歩の人様々です。いつもと違うのは出店が無いことでしょうか、線路の脇にはカメラを構えていた人がいましたがこの電車だったのでしょうか、大河原から船岡まで歩き選りは電車で帰りました。夜は山元町で避難者のための星空観測会です。山元支所の屋上から今日も土星と月とシリウスです。やはり土星の輪を見ると感激されていたようです。シリウスの感想はダイヤモンドです。今晩はうっすらと雲がかかり月に輪がかかっていて私は帰ってから輪の写真です。

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2011年4月16日 (土)

めぐろエコの森

 霞がかかっていたのですが四方山に行ってみました。津波の被害を受けた亘理方面は良く見えませんが海岸線で白波が見えていました。私たちが無線をする場所には自衛隊の通信隊と思われる車両があり、アンテナが多数建っていました。無線の場所はアマチュアと同じです。めぐろエコの森には丸太を加工した看板と説明版が建ち階段も整備されていました。風が強いところであり桜はまだつぼみでした。一方内町湖では白鳥にかわり一部の桜は満開です。視界が良いときに内町湖と桜と蔵王の写真が撮れれば良いのですが休みの間に撮れるかどうかです。

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2011年4月15日 (金)

桜と夕日

 昨日と今日と20℃を超えました。昨日は薄い霞がかかったような天気なので、夕日がきれいに見えるため桜とセットになる場所を探しました。目星をつけた場所はまだ桜が咲いていなかったのでだめだったのですが、近くに小さな桜を見つけて撮ったものです。桜と夕日をピントが合うように取るのは至難の業です。ぎりぎりこの大きさで撮れました。桜をアップにすると夕日にヒントが合わず、夕日に合わせると桜がだめです。地震の余震も少なくなりました。このまま収まればよいのですが良いのですが、想定外の誘発地震が気になります。

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2011年4月14日 (木)

星空観察会

 山元町の避難所の山下中学校で阿武隈天文同好会の方が被災者向けに星空観察会を開催しました。私の知人でもあったので行ってみたものです。今日で3箇所目とのことです。今晩は約50人ほどの方が集まりました。月、土星、シリウスを見ました。土星の輪も見えて被災者の方の心を癒されたと思います。年配者の方は土星の輪を見て感激、子供もそれそれの星に様々な感想を寄せていました。最後に望遠鏡にカメラを近づけて写真を撮りました。明日らも坂元支所と続けていくそうです。月と土星は望遠鏡にカメラに近づけて撮ったもので土星は実際はもっときれいに見えました。

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2011年4月13日 (水)

放射能とひまわり

 今日は体に感じる余震も少なく静かな一日でした。今日の河北新聞の朝刊に活発な地震長期化もの記事があり、茨城県北部から福島県南部の直下方地震について解説をしていました。4月12日付け宇宙科学研究所のメールマガジンの記事のなかに「原発事故の荒野をヒマワリで埋めよう」との記事がありました。ヒマワリが放射性物質を吸収するとのことです。HPの検索で、放射能 ひまわりを検索すると数件ヒットします。写真は昨年の大内佐野のヒマワリ畑の写真です。

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2011年4月12日 (火)

菜の花も

 角田橋下流にある菜の花畑には、毎年一部分が早く開花するところがあります。今年もわずかですが咲き始めていました。季節は確実に進んでいるようです。今年は菜の花祭りも含め連休中の行事は全て中止になります。しかし、花は咲きますのでご覧になってください。昨夜の地震後余震の数が極端に多くなっています。今朝の読売新聞に双葉断層の記事がありました。双葉断層は以前にも古い記事を紹介しています。双葉断層は平均活動間隔は8000年から12000年で、最新活動時期は約2400年以後2000年以前といわれています。断層は左横ずれで西側が隆起していますので、そこが山になります。

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2011年4月11日 (月)

桜の開花

 今日職場に行くと桜が咲いていました。9日には開花していたようで昨年と同じ日の開花です。地震の後処理に負われていたところだったのでほっとしました。ところが、夕方に強烈な余震に見舞われました。角田での測定震度4.4なので報道発表は震度4です。もう0.1上がり4.5になると発表は震度5弱になります。今度の余震は3月19日に茨城県北部のM5.1、3月23日の福島県南部のM6.0の中間地点で震源の深さもほぼ同じです。地震の性質も正断層型の地震です。地震の規模がM7.0と大きかったのでその後の地震の回数が半端な数ではありません。名古屋大学の日本列島陸域における誘発地震活動についてのレポートのなかで日本列島が震源域に向かって引っ張りの力が加わり地殻強度が全体として弱い領域で発生している地震と説明をしています。

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2011年4月10日 (日)

共同作業とトマト

 今日は朝6時から集落の共同作業です。用水路の浚渫やごみ拾いをしました。枝野橋の上り口の暗渠の入り口には大量のごみがありました。出口部分地震で被害を受けています。今朝は前日の雨の影響もあり霧が濃く太陽が登ると田んぼから湯気のようなもやがたちました。共同作業後はトマトの定植です。近所の野菜農家から苗を譲ってもらいました。まだ寒いので、当分夕方はハウスの中でもビニールをかけ、朝に取る作業が続きます。日中は暖かかったのでツバメが私のアンテナ線にとまり鳴いていました。しばらくあわただしい日が続いていたので気づくのが遅かったかも知れません。間もなく桜の便りが聞こえそうです。

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2011年4月 9日 (土)

まもなく閉店

 今日は地震以来始めての休みになったので、長年利用していた無線機器販売店「ステップ」が間もなく閉店するため当面必要なケーブルやコネクター等を購入するため店まで行ってきました。昨今のHAM人口の減少に地震の影響もあり店をたたむことにしたとのことです。経営者とは同学年でもありゆっくりとお話をしてきました。白石で水道管の破裂で昨日から断水になったため給水車に水を入れるところに行ってきました。ちょうど自衛隊の給水車が来たとこでお話を伺うと京都から来ているとのことです。がんばろうみやぎのデザインがちょつと違っていたようです。水を入れていた元同僚に話を聞くと水の使用量に対して作る量がおいつかなくて水圧が下がっているとのことです。節水に努めましょう。一昨日の地震ですが今日の河北新聞に詳しく書いていました。”宮城県沖”に相当せず?です。しかし、政府の地震調査研究推進本部の見解は震源が深くプレート境界の地震ではなく、太平洋プレート内で発生しており余震活動の一つといっています。防災科学研究所も同様な見解をしています。今後宮城県沖地震はあるのか?です。また、気象庁は地震後、火山活動が活発化したとのレポートもあります。地震の位置の図は河北新聞のHPのものです。

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2011年4月 8日 (金)

黒電話

 我が家では昔懐かしい黒電話を残しています。もちろんメインは子機も使える今風の電話ですが、黒電話もパラに接続して残しています。昨夜の地震で一時停電になりましたが黒電話は停電でも使えます。携帯電話が使用制限がかかりつながりにくくなりましたが黒電話は多少利用制限があったようですが使用出来ました。知人の電気屋さんからいざと言うときのために残して置いた方が良いととのことで並列に接続しておいたものでした。最近は早く起きるようになったので仕事に出かける前に堤防の復旧状況を見てきました。だいぶ進んでいるようです。昨夜の地震ですが、震源地が宮城県沖地震の区域と重なるために新聞社のインターネット版に様々な解説が載っていました。明日の紙面に載った段階でHPの記事も含めて整理したいと思います。ポイントはどちらのプレートで発生したかのようです。

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2011年4月 7日 (木)

がんばろう みやぎ

 一週間の山元町の派遣も今日で終了しました。仕事の内容はきつい部分もありましたが、現場に行ったことにより短い期間でありましたが様々なことを経験しました。それでも現地の役場職員から比べるとまだ良いのです。終わりが見えるためです。山元町の職員は終わりの見えない復旧に日々終われています。職員が疲弊すると復興も進まなくなるので体だけは注意してくださいと挨拶して帰りました。写真は早めに出勤し作業が始まる前や、食事の後などのわずかな時間で撮りましたが、ブログではわずかしかアップしていません。角田は津波が無いので災害の状況がまるで違います。これからどのような手伝いができるものなのかわかりませんが、とにかくがんばりましょう。自衛隊の方が作った「がんばろう みやぎ」のステッカーを一枚頂きましたので明日から車の後部に貼ります。

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2011年4月 6日 (水)

りんごラジオ

 山元町では山元町災害臨時エフエム放送「りんごラジオ」が放送されています。周波数は80.7MHz、出力は30Wです。我が家ではFM放送の5エレのアンテナをあげています。指向性からはサイドになりますが聞くことが出来ます。町からのお知らせなどを放送しています。スタジオは役場の中にあります。アンテナは役場屋上にあり写真のものと思います。ケーブルを5D2Vで長々と引っ張っているのでケーブルロスがそれなりにあると思います。私なら最低でももう一ランク上のケーブルを使用したいところですが、エリアをカバーできるのでこれでよいのでしょう。同じようなエフエム放送は亘理にもあるようです。今日は角田の二人の議員さんが蒔きになる丸太を2トンダンプ運んでいました。蒔きは役場前でお湯を沸かしたりすることに使用しています。

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2011年4月 5日 (火)

自衛隊の皆さんご苦労様です。

 派遣も五日目になりました。山元町には現在1000人ほどの自衛隊員が連日、瓦礫の撤去、遺体の捜索をしています。現場に行ってみることは出来ませんが大変な作業をなされているようでご苦労様です。また、中学校の校庭では宿営のテントとともにお風呂のテントもありました。今回来ている自衛隊の車や隊員のヘルメットには「がんばろう みやぎ」のステッカーを張りながら作業しています。隊員で見かけたのは遠くは名古屋の隊員です。自治体では宮崎県の人も支援に来ています。写真では、私なりに見るものの中で自衛隊で使用している変わったアンテナを見つけました。UHF帯ではないかと思いますが理論的にはどのような給電方法なのか、ゲインがあるのか興味を持ちました。避難所の近くでは避難者の愛犬と思われますが建物から遠く離れたところの木につながれていました。仕方がないとは思いますが我が家にも犬がいるもので複雑な思いでした。

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2011年4月 4日 (月)

派遣も折返し点

 今日は、坂元を通らずトンネルを通りました。6号線が混みますのでアップルラインから役場に着くようにしました。途中避難所になっている山下小学校、中学校の前を通りましたがグランドには自衛隊のテントが建っていました。最近曜日の感覚がありません。改めて今日が月曜日だと思いました。午前中は災害の手続きや相談のお客様と一般のお客様で一日中混雑するとともに電話も非常に多く疲れました。それでも地元の役場職員は私たちより早くから遅くまでがんばっています。明日も負けずにがんばります。今日は画像はありません。

2011年4月 3日 (日)

派遣三日目

 今日で三日目です。仕事の内容は電話の対応で様々な内容の話や各課への転送など件数も多く一日があっという間に過ぎていきます。話の内容を聞いていると、逆の立場ですとわかるのですが説得しなければならないことも多く大変です。今日は避難者の方を角田市総合保健福祉センターの風呂に入ってもらうために角田市のマイクロバスが来ていました。家に帰ってメールをチックしていると、長い間、行っていた無線機の販売店が今度の地震を契機に閉店するメールが来ていました。最近は雑誌の休止もあり、今の時代を反映して無線をする人も少なくなり店を維持できなくなったようです。今度は遠くの店まで行かなければなりません。

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2011年4月 2日 (土)

派遣二日目

 派遣二日目です。今日は早めに出て津波被害のあった坂元地区を見てから向かいました。坂元地区は国道6号線を津波が超えました。国道から東に500mほど行ったところで車を止めて写真を撮りました。想像を絶する風景です。海岸線ははるか向こうで、ここまで津波が来るのが想像できません。役場では消防の方が捜索に出かける前の整列をしていました。

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2011年4月 1日 (金)

今日から山元町

 今日から山元町の支援のため役場に派遣になりました。1週間交代で行きます。現在角田からは8人が交代で行っています。トンネルを越えていくと15分ほどで付きます。朝役場につくと自衛隊の車や消防車が多数捜索のため待機していました。角田の風景とはまるで違うものでした。今朝の散歩の時は霧がかかりその中からの日の出です。

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