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2011年3月

2011年3月31日 (木)

水道水と活性炭

 福島第1原子力発電所の津波被害に伴う放射能漏れに伴い水道水の放射性物質の流入が報道されています。29日付の読売新聞には降雨後の取水についの記事があり、活性炭が放射性物質を低減させることが出来るとの記事がありました。角田市の水道水は全体の約75%が七ヶ宿ダムの水、小田川と阿武隈川の水が残りを半分づつになっています。阿武隈川は福島県を流れて宮城県に入りますが問題は無いようです。詳細は角田市のHPをご覧ください。枝野浄水場は阿武隈川の水を取水し、ろ過して飲み水にしています。枝野浄水場は急速ろ過方式ですが、ろ過の過程で活性炭を通しています。そもそもは、夏季に川の水温が上昇し、ろ過しても水に臭いが残るためにその臭いを取り除くために入れていたものでした。今日の夕方、職場の駐車場から西の方を見ると太陽の周りに虹のようなものが見えました。初めて見たものでどのような現象かは調べてみます。太陽を建物の屋根で隠してその上の方だけみたもので、たまたま太陽が屋根の下まで来たので見れた偶然のものです。

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2011年3月30日 (水)

復興も第二段階へ

 ライフラインはとりあえず復旧しました。避難している方もだいぶ少なくなってきました。今後は被災者の支援になって行きます。角田では津波がないため建物の被害は地震によるもので特に古い建物に集中しているようです。仕事の内容も給水や避難所の維持、応急工事などから支援の相談や施設の修繕などに移っています。今日は夕方雨の予報だったので自転車での通勤はやめました。予報どおり雨になり自転車でなくて良かったです。昼休みに街の中に行ってきました。天神社鳥居も崩れ、古い木造の建物も崩壊していました。こちらでは雑誌が書店に届いていないために関東地方にいる弟に頼んでおいた雑誌が宅配便で届きました。地震特集号とCQ誌です。CQ誌は最近ぱっとしないのですが、無線開局以来欠かさず見ていますのでなんとなくほっとしました。

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2011年3月29日 (火)

近くにある双葉断層

 今度の地震はプレート境界の地震です。宮城県沖の地震は震源とアスペリティの関係が指摘されていましたが、今回の地震はこれまでの説明とはかなり違っています。今後様々な分析の結果が出てくると思います。今回の地震に関して気になる断層があります。以前は福島県の原町から相馬までと表記されていましたが、最近はアップルライン沿いに亘理まで続いています。気になったため以前の河北新聞の記事を探しました。2004年8月22日に仙台の国見から柴田町至る活断層が発見され、この活断層が双葉断層に続いている可能性があるとの記事です。双葉断層は横ずれ断層のため今回の地震の断層とは違いますが、私たちの近くにもこのような活断層があることを頭に入れておく必要があると思います。その当時の記事です。

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2011年3月28日 (月)

今日から自転車

 ガソリンの残量も少なく、相乗りも厳しくなったので自転車にしました。約4kmを25分くらいで行きました。帰りは被害が出ている阿武隈急行の線路を見てきました。しばらく電車が走っていないため線路はさびが出ています。線路は一部で陥没があり復旧までにはかなりかかると思います。鉄道が不通のため角田駅から仙台駅東口まで朝晩バスが3台運行しています。写真で、被害の大きいのは南角田駅の南の踏切から丸森方面を見たのと南角田駅から角田駅方面を見たもので信号は赤のままついていました。

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2011年3月27日 (日)

復興に向けて4

 土手の復旧は日々進んでいます。現地は昨日とまた違っていました。角田市の水道は26日には復旧し、給水車の給水も昨日で終了しました。この期間、遠くは島根県安来市はじめ12市から給水の応援を頂きました。本当にありがとうございました。角田市水道事業所の入り口に今回応援いただいた市名が表示してありました。

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2011年3月26日 (土)

復興に向けて3

 今日は明るい時間に帰れたので堤防が崩壊した丸森町の小斎まで自転車で行ってきました。崩壊のようすは23日に掲載した写真と同じようです。写真では道路が曲がっていますが以前はまっすぐでした。左の水路側に土手がずれたようで水路が狭くなっています。薄暗くなったのですが帰りに23日に掲載した写真の所を見てきました。仮復旧が進んでいるようです。地震の余震は少なくなっていますが今日も発生しています。3月25日に気象庁の発表した資料によると25日12時現在M5.0以上の余震が352回とこれまで海域発生した地震で最も多かった平成6年の北海道東方沖地震(M8.2)の約3倍となっています。また、余震の中でも正断層型の地震が多いのも特徴です。余震活動の特徴について名古屋大学が解説していますので後日整理します。

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2011年3月25日 (金)

今回の地震

 今度の地震について、様々なHPを見ていますが、その一つに海洋開発研究機構の記事を紹介します。今回の地震は、三陸沖で破壊が始まり北と南に拡大し南に行く過程で福島県沖と茨城県沖で大きく破壊し、大きくは三つの破壊が連続して起こり巨大な地震となりました。そこで連続が茨城県沖で止まった理由について記載しています。止まった場所が北米プレートの下に太平洋プレートが沈み込んでいますがその間にフィリピン海プレートの先端が入り込んでいてその先端の場所で止まったようです。平面図ではわかりませんが地下構造はもっと複雑なようです。また、国土地理院のHPに津波の浸水範囲概況図が掲載されており津波がどこまできたのかわかるようになっています。

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2011年3月24日 (木)

ファイブナイン最終号

 地震の影響で発送が遅れていたファィブナイン最終号が本日届きました。1985年から発行されていたものですが編集長の年齢によるのです。地震により無線機の棚が崩れケーブルを全てはずしました。現在は144、430MHzのモービル機とHF機1台だけ電波をだせます。棚のスチールの脚も曲がりました。地震対策はしていたのでが棚に載せていた重量が重すぎたようです。現状ではまた同じことになるので机と棚を一新し、5月の連休ぐらいには完成させたいと思っています。地震によるライフラインで最後なっていた水道がほぼ全域で復旧しました。ガソリンは今日も車の長い列が出来ていました。今日は今まで閉じていたスタンドが開きました。明日も別のスタンドが整理券を配布するようですが仕事の関係でとても並べません。

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2011年3月23日 (水)

復興に向けて2

 崩壊した阿武隈川の堤防で、復旧工事が始まりました。今朝は昨夜からの雨も上がりあがり自転車で現場に行ってきました。現場には重機が入り復旧工事が始まっていました。下流側は、被害を受けていません。また、住吉神社の鳥居の上の部分が落ちてしまいました。今朝は昨夜からの雨も上がり朝日が輝き、ひばりも鳴いていました。丸森町の次郎太郎山は途中から上が白くなっていました。上半分は雪、そこから下は解けて雨のようでした。

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2011年3月22日 (火)

復興に向かって

 岩沼市にある下水道の浄化センターの復旧は平成24年のようです。角田の下水は一度、最下流の神次郎地区にあるポンプでくみ上げます。今回このポンプが故障したためあふれ出てしまいましたが、ポンプアップを再開し、今まで下水管に溜まっていた大部分を汲むことができたようです。このため、水道の通水試験に弾みがつき、漏水箇所の修繕が進むものと思います。水道が復旧すると原発を除けはあとはガソリンです。地震についてはね様々な予知グループがありHPもあり一時期はよく見ていました。関連の本もありますが今回の地震については予知出来なかったようです。科学的な根拠はわかりませんが最近急に増えたSSNやスーパームーンが話題になっています。先日、地震の掲示板の前で、日本野鳥の会の方と話をする機会がありました。一部の白鳥の北帰行が始まっているとのことです。今日の夕方、ねぐらと反対方向に飛ぶ白鳥を見つけたので追いかけてみると近くの麦畑で麦の芽を食べていました。すでに薄暗くなりましたがシベリアに向けて遅くまでたくさん食べているのでしょう。

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2011年3月20日 (日)

深刻なガソリン不足

 地震発生後からガソリンが不足していますが最近は特に深刻です。地方都市は車がないと何も出来ない車があってもガソリンが無ければ何もならないのがしみじみと感じました。とにかく絶対量が無いのです。何日前からは私の車も警告灯が付いたので乗っていません。職場にも行くのも相乗りで乗せてもらっています。何をするにも油がないとだめです。今まではエコについてただ漠然とすごしてきましたが電力不足など考えるとみんなで真剣に考える良い機会と思いました。昨日職場に向かう途中にレンズ雲を見つけました。乗せられていたので運よく見つけました。この雲は上空に強い風があり大きな山の風下に発生します。これほどのものはなかなか見れません。記事を書く時間が変則的になっています。書いている今も余震がありましたので、地震のデータを見ていると昨夜 18時56分に茨城県北部を震源とした地震がありましたが、この地域としては珍しい正断層型地震でした。東北地方が地震により東にずれ、余震のたびに更にわずかづつずれているのと関係があるかもしれません。

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マンホールから下水の逆流

 地震から1週間が経過しました。最大の懸案は福島の原子力発電所です。それが無ければ事情が大分違います。角田にも約90人ほど原発の関係で福島県から避難しています。ライフラインの復旧に伴い新たな問題が発生しています。岩沼市にある下水処理施設が津波で破壊され処理できなくなり下水がマンホールからあふれ始めました。丸森町では角田よりも早くあふれました。角田でも昨日から4箇所であふれ始め、水道施設がなおってもどのタイミングで水道を完全通水するかのジレンマを抱えています。浄化センターを管理する県でも応急措置を考えているようですがその日程もまだ未定です。そのため丸森町では水道が復旧したのですが下水区域では時間給水をしています。今日もこれから災害復旧の仕事に出かけます。

2011年3月18日 (金)

東に動いた

 インターネットの記事で牡鹿半島が東に5m動いたとの記事を見つけたので国土地理院のHPを見たところ、牡鹿半島で約5m、日本海側でも1mくらい東に動いたようです。(目分量)高さも一番下がったところで1m下がったようです。詳しくはHPをご覧ください。この基準点は近くでは、丸森町筆甫にあります。GPSの信号を利用した電子基準点のデータです。基準点の現物は、県内では丸森町のものも含め3箇所見ています。ちなみに丸森町は東に約2.5m、0.4m下がりました。現在基準点が動いたため数字でのデータを公開していないようで見ることは出来ませんので、正確な数値を見つけることはできませんでした。逆に震源域では5mくらい高くなったようです。

2011年3月17日 (木)

1142年前の地震

 私の地震関係の本のなかに、日本被害地震年表があり、869年にM8.3、三陸沿岸。多賀城下で津波による死者1000という記事を見つけました。TVでも約1000年前に大きな地震と津波のことを言っていました。記事が今日2回目になりますが、前の記事は、昨夜帰宅が遅くなり昨夜のうちに通電がわかりました。そのために日が回ってから書きました。写真は崩落した阿武隈川の堤防です。角田市の現状は角田市のHP http://www.city.kakuda.miyagi.jp/soumu/page00059.shtml をご覧ください。

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無事でした。

 地震は職場にいる時でした。3月9日の地震が気になっていたので、地震の記事を書くつもりで資料を集めていた矢先だったので、発生時は宮城県沖地震と思いましたがあまりに時間が長いので気になりました。地元では阿武隈川の堤防が崩落、神社の鳥居も倒れました。自宅では棚が倒れ、PC机から落ちたりしましたが、無事でした。災害復旧で自分の片づけはいつになるかわかりません。隣町のことを思うと素直に喜べません。やっと電気が復旧したので書いています。

2011年3月10日 (木)

NHK テレマサムネ

 NHKニュースてれまさむね春スペシャルin角田と題して公開生放送が、仙南シンケンファクトリーから放映されました。昨日のお昼に発生した地震のニュースのため予定していたものの一部がカットされましたが無事終了しました。宇宙関連で私の撮った写真が出る予定もあったのですが地震報道のためボツになりました。それでも気象予報士の高津さんと写真を撮ることが出来ました。写真は中継車と放送開始前の状況、アナンサー外の皆さんの寄せ書きです。

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2011年3月 8日 (火)

最後のディスカバリー

 国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングしていたスペースシャトルディスカバリーが3月7日分離し地球帰還に向け飛行しています。帰還予定は、3月10日午前1時57分の予定です。分離したディスカバリーはISSの近くを飛行していたのですが肉眼では見えませんでした。今日の夕方の写真をよく見るとISSの前を飛行するディスカバリーの軌跡が写っていました。感激! 空がまだ明るくISO感度を下げて開放時間を短く(10秒)して撮りました。ISO感度を下げすぎた写真には写っていませんでした。ディスカバリーはこれが最後の飛行です。明日の夕方の軌道は今日よりも良いのですが天気予報は雨かみぞれの予報です。これが見納めのようです。見にくいのですがケヤキの上の薄い線がディスカバリー、ポプラの上がISSです。

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2011年3月 7日 (月)

閑居山

 東根の金堀彫沢採石場のすぐ南(写真では右)にある山が閑居山(かんきょやま)です。 実は山の名前に疑問を感じています。東根の郷土誌にはこの山の名前は出てきません。知人から昔の地図を見せてもらいましたが、明治の初期の地図ですが、当時の村、例えば島田村、枝野村、尾山村等で境にあった山は、三つの村の境であれば見る村により三つ名前があるところがあります。名前はさておいて、一昨日にアップした夜討峠に行った時にこの山まで行きました。この日は3時間ほど歩きました。写真は、江尻から見た閑居山、閑居山の三角点(三角点名は竜円寺)、採石場の上からの角田方面です。

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2011年3月 6日 (日)

麦畑にも白鳥

 今の時期の白鳥の餌は緑色の草です。そのため、牧草地にいるのですが、一部の白鳥が転作の麦畑に来ていました。日の出が早くなり餌場に向かう時間が早くなりました。日曜日の今朝もいつものとおり、犬と散歩をしていました。今日は休みなのでいつもよりも長く歩きました。今朝は、氷点下まで下がりましたが風がなかったので比較的暖かく感じました。今朝もひばりが空高く上がり鳴いていました。川向かいの餌場にいた白鳥の群れがある物に驚きいっせいに南のほうに飛び立ちました。どこまで行ったかは最後は見えませんでした。今日はその後見ていませんが、明日の朝は天気悪いようなのですが、雨にならなければ散歩に出ますので見て見ます。白鳥も餌を食べなければならないので戻っていると思うのですが、

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2011年3月 5日 (土)

夜討峠

 角田と山元町、亘理町つなぐ峠も角田山元トンネル開通により変わるのでしょうか、昔は往来があったが今では通らない峠もあります。夜討峠(やうちとうげ)もその一つです。東根の坂津田から亘理の長瀞に通じる峠で昔はかなり通っていたそうです。河北新報社で発行しているみやぎの峠には、あぶくま山系の峠が11箇所載っていますが唯一今使っていない峠が夜討峠です。以前、峠にチャレンジしたのですが道がわからず戻ったことがありました。今回は、間伐に使用した作業道から一気に尾根に出て、尾根伝いに峠を目指しました。国土地理院の地形図には夜討坂と記載されていますが現地と地図の場所が違っていました。峠には今も明治28年に建立した山神碑がひっそりと建っていました。峠を坂津田の方に下ってみると植林地が終わったところでわずかに展望が開けました。あまり下ってしまうと戻るのが大変なので尾根に戻りました。下からは別の機会にします。道の跡はありますが荒れ放題です。

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2011年3月 4日 (金)

七峰山と七畝山

 2月5日に行った七峰山(ななうねさん)ですが、東根地区振興協議会で作った東根郷土史跡めぐりには、七畝山(ななうねさん)となっていました。七峰山は国土地理院の25000分の1の地形図に記載されている名前です。どちらが正しいのでしょうか、そんな疑問を持ちながら図書館で東根公民館が平成3年に発行した東根の郷土史には1等三角点の山、黒森山が八方山と記載されています。山は様々な方角から見ることができ、見る地域により山の名前が違うことが多いようです。これからどの名前を言うか迷っています。

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2011年3月 3日 (木)

寒いひな祭り

 今日はひな祭り、しかし、寒い一日になりました。500hpaの天気図「東北電力のHPから」では大雪の目安となる-36℃の等温線が宮城県まで南下しています。今朝の散歩のとき雪がちらつき丸森の次郎太郎山も雪でかすんでいます。散歩に出かけるときの気温は-1.5℃、ただ、風があり一度暖かさを経験すると寒さが身にしみました。そんな中でも白鳥は餌場に向かい飛んでいきます。

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2011年3月 2日 (水)

ひばりの声

 今年初めてひばりの鳴き声を聞きました。朝の散歩のとき泣き声の方を見ると2羽上空で鳴いていました。暖かい日中であれば以前に鳴いていたかも知れませんが、私の場合は朝の散歩のときでないと聞くことが出来ません。昨年は記録していませんが、2007年は3月3日、2008年は3月5日でした。鶯は早いときは3月5日頃から聞いていますが、明日は寒そうでもう少し先になりそうです。ひばりは堤防の東の畑、西の阿武隈川では白鳥が餌場に向かって飛んでいます。写真下の白い点は飼料畑で草を食べている白鳥です。川の水量が増えてねぐらの場所がいつもと違っていました。

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2011年3月 1日 (火)

雨雪と雪雨

 今日から3月です。昨日の雪は夕方から小雨になりました。雪は丸森、角田が多かったようです。私の知り合いが角田山元トンネルを山元から角田に向かいトンネルを出ると白くなっていたと話していました。小説の一説のようです。話題を見つけるために15年ほど前に買った「お天気生活辞典」をみると雨雪と雪雨を見つけました。「雨雪」は秋から冬になるころ降る雨に雪が混じることを指し、季節が進み、冬から春へ移りゆくころに雪に雨が混じるのを「雪雨」と記述されていました。なるほどと思いました。HP検索では出てきません。そんな中、咲き始めた梅に付いた雪です。

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